Photographers

ブライアン・ダフィー(Brian Duffy)(1933-2010)

pressprint_4.jpgダフィーは、ロンドン出身のファッション・ポートレート写真家。70年代から80年にかけてデヴィッド・ボウイと5回の撮影セッションを行っています。"Ziggy Stardust "(1972年)、"Aladdin Sane" (1973年)、"The Thin White Duke"(1975年)、"Lodger"(1979年)、"Scary Monsters"(1980年)です。特にアラジン・セインのアルバムジャケットに使用された写真は有名で、"ポップ・カルチャーにおけるモナリザ"とも呼ばれています。写真家ダフィーの名前を知らない人でもこの写真は見たことがあるでしょう。2013年夏、英国ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で開催された" DAVID BOWIE is"展では、メイン・ヴィジュアルにアラジン・セインのセッションでのボウイが目を開いた未使用カットが使用され話題になっています。   

テリー・オニール(Terry O'Neill)(1938-)

pressprint_1.jpgオニールは、ロンドン出身。初期のザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズ、そしてハリウッドの映画スターたちの秀逸なポートレートで知られる世界的な写真家です。1973 年、テリー・オニールはジギー・スターダストの最終公演に立ち会うメンバーとしてボウイに招待されました。テレビの特別番組として収録されたザ・マーキー(ロンドンのライブハウス)でのジギー・スターダスト最終公演は、オニールがすべての瞬間を撮影しています。この歴史的な音楽パフォーマンス以来、約30年以上にわたり二人は共に仕事を行うことになります。アルバム"Diamond Dogs"(1974年)のプロモーションに使用されたグレートデーン犬とボウイ、辛子色のスーツを着たポートレート(1974年)、小説家ウィリアム・S・バロウズとのツーショット(1974年)、映画 "The Man Who Fell to Earth"(1976年)撮影時のソフトハットとサングラス姿のオフショットなど。これらの非常に良く知られたボウイのイメージはテリー・オニールが撮影しています。オニールは常に天才ボウイのキャリア上の重要な瞬間にカメラを向けていました。

鋤田正義(Masayoshi Sukita)(1938-)

pressprint_9.jpg福岡県生まれ。写真家としてドキュメンタリーからファッション、広告、映画、音楽まで幅広く活動。デヴィッド・ボウイと深い親交があり約40年以上にわたり彼を撮り続けました。特に"Heroes"(1977年)のアルバムジャケット写真は有名です。この写真は"The Next Day"(2013年)のジャケットにもアレンジされて使用されています。主な作品集には"氣 デヴィッド・ボウイ"(1992年)、"T.Rex 1972"(2007年)、"YELLOW MAGIC ORCHESTRA × SUKITA"(2010年)、"SOUL忌野清志郎"(2012年)、"David Bowie & Masayoshi Sukita Speed of Life"(2012年)などがあります。2012年には東京都写真美術館で"RETROSPECTIVE SOUND & VISION"展を開催。近年は"DAVID BOWIE is"展への参加をはじめ、ロンドン、パリ、メルボルン、ニューヨークなどで相次いで写真展を開催。2017年もベルリン等で写真展が予定されています。

ジュスタン・デ・ヴィルヌーヴ(Justin de Villeneuve)(1939-)

pressprint_7.jpgデ・ヴィルヌーヴは、ロンドンのイーストエンド出身。非常に多彩なキャリアを持っており、ボクサー、ヘアドレッサー、インテリア・デコレーター、詩人、写真家、マネージャーなどとして活躍。60年代に日本でも大活躍したイギリス人モデルのツイッギーは、彼がマネージャーとして世に送り出したことで知られています。1973年、彼はボウイ初のカバーアルバム"ピンナップス Pin Ups"のジャケット写真をパリで撮影。ボウイとツイッギーが写った同作は、元々は雑誌Vogueのために撮影されたとのことです。

ギスバート・ハイネコート(Gijsbert Hanekroot)(1945-)

hane1.jpgハイネコートはオランダ出身の写真家。1969~1983年にかけて"OOR", "Nieuwe Revu", "Margriet", "Viva"などの雑誌や新聞で活躍しました。写真は独学で学びんでおり、写真家のアシスタント時代に60年代後半に活動していたアメリカのバンド”The Outsiders”のライブを撮影したことがきっかけでロック・フォトグラファーの道を歩み始めました。1970年~1975年にかけては、オランダの音楽専門誌"OOR"の最初の専属写真家としてミュージック・シーンを精力的に撮影。オランダを代表する写真家アントン・コービンが彼のアシスタントだったこともあるそうです。

マーカス・クリンコ (Markus Klinko)(1961-)

pressprint_6.jpgクリンコは、スイス出身のファッション・ポートレート写真家。キャリア初期はクラシックハープ奏者として国際的に活躍。1994年の手の負傷を契機にファッション・フォトグラファーへ転向しています。スタイリストのイザベラ・ブロウや、"Interview Magazine"誌のイングリッド・シシーらに評価され、世界的に注目されます。以降、"Vogue"、"Vanity Fair"などで活躍しています。デヴィッド・ボウイと妻イマンは、イマンの写真集"I am Iman"(2001年)、ボウイの25枚目のアルバム"Heathen"(2002年)のジャケット撮影を依頼しています。

ジェラルド・ファーンリー(Gerald Fearnley)(1932-) doticon_red_new.png

gf_bowie_023.jpgファーンリー は英国サリー州出身の写真家。実兄は1966年から67年にかけてのボウイのバックバンド”The Buzz”のバス奏者デック・ファーンリーで、当時は家族ぐるみでボウイと親しくしていました。バンドはファーンリーのスタジオで何度もリハーサルを行っています。そのような縁もありジェラルドはボウイのデビュー・アルバムのカバー写真を撮影しました。この時ファーンリーのスタジオで撮影された作品群は、2016年になって初めてファイン・アート作品として公開されました。今回の展示が世界初となります。